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映像と音のシンクロに関する小覚書 3/2

ストローブ&ユイレ補足。完全にひとりごとというか何というか。
"アンナ・マグダレーナ・バッハの年代記" 紹介。


チェンバロはグスタフ・レオンハルト、
ヴィオラ・ダ・ガンバを弾いているのはなんとアーノンクール。
指揮者の余芸にしてはうますぎる!と一人で興奮してしまったのだが、
アーノンクールはもともとチェリストだったと知らなかっただけの恥ずかしい話。

こうして静止画にしてみるとちょっと不思議な構図感覚だが、
動画で見るとより厳密さが際立って感じられる。
「絵のような映画を撮る人」以上に動画人なのだと思う。



聴覚は映像に影響を受けやすく(そもそも単独で働いてはいないのかもしれないが)、
たとえばN響アワーなどを見ていて、
コントラバス群をカメラが映し出すととたんにベースの音が聞こえ出す。
いわゆるカクテルパーティ効果を映像が導くなんてことは日常茶飯事だけど、
「音楽を伝える」目的を持った映像としてはどうなのだろうと疑問に感じる時もある。

例えばライブに行ってある演奏家に目を向けた時に似たことが起こったり、
そもそも特定の奏者に対してライトなど視覚効果が狙われることもある。
CDを聴くときでも、ある楽器を意識して聴くことがあるわけで
カクテルパーティ効果自体や映像効果の付与を非本質的として否定することはできない。

しかし、ショーではなく音楽そのものを伝える比重が高い番組で
音楽体験の恣意的な誘導・強調が行われるのはいかがなものか、
と思いながらも結局楽しんで最後まで見てしまうのだけど。
(ラジオ聞けとか画面見なけりゃいいじゃんという言い分はもっともだけど
ここでは映像と音楽との関係について述べているので話が違う)

「年代記」では、演奏の間中フレームはロングのワンカットでほとんど固定され、
特定の楽器や動きが強調されることはない。
演奏家も派手な動きひとつせずただ演奏に集中している。
同時録音が生み出す演奏の緊張感に心地よく身をゆだねながら、
音楽そのものの流れに集中することができる。

ではこの映画が音楽そのものの表現を目指しているかというとそんなことはなくて
音楽構成を含む映画全体の構成でバッハの生涯が描かれる。
音楽をBGM化してしまうのではなく、隠喩のように扱うのでもなく、
音楽そのものを守りつつ、そこにバッハの人生の変転も織り込んでいく。
作曲家の伝記として理想的でありながら、映画として禁欲的にならざるをえない、
そんな地点を目指しているために、音楽の一部を恣意的に強調する方法は採らず、
音楽そのものが自分ですっくと伸びていけるような方法論を用いているのだと思う。



しかし、演奏のあいだずっと同じフレームで、飽きはしないか?
という問いには、アイドルマスターのシンクロMADを例に出すことができる。
シンクロが良い映像は、なぜかだれないのだ。
では、「年代記」では、何がシンクロしているのか。
演奏している指? 歌っている口? もちろんそれも大きな要素だ。
でもそれだけではなくて、窓からのぞく木々、流れる雲、
チェレスタやハープシコードの鍵盤、楽譜に書かれた音符や休符、
教会の狭い演奏場にぎゅうづめになった演奏家の立ち並び、
パイプオルガンの並んだパイプ、すべてすべてにリズムがある。例えわずかな動きでも、
いやそれ以前に動きのないところにさえ。

映像に動きがないために様々なリズムが大きな要素になってくるとも言えるし、
いたるところに潜在しているリズムを見えるようにするために
映像を十分に持続させる必要があるとも言えるかもしれない。

どちらにもせよ、動きを徹底して抑制した「年代記」の映像は
見事にバッハの音楽にシンクロしている。

そしてその満ち溢れるリズムを追いかけていくために
何分にもわたるフレームの持続が用意されているにもかかわらず、
あまりの情報量の多さに視聴者は息つく暇もないほどだ。
そしてその息つく暇のなさが実にゆたかで心地よいのだ。


マタイ受難曲冒頭「来たれ、娘たちよ、われとともに嘆け」まるまる一曲、
8分強がこのカメラで映される。いくらなんでもという気もしないではないが、
動画で見るとこの静止画から連想されるよりもずっと自然だ。

この峻厳な方法論・情報量の多さは、アイドルマスターMAD界では
アストロPの独文科ホイホイシリーズに類例を見ることができるだけだと思う。

ともあれ、ダンスシンクロという感覚を
アイドルマスターMADを通して身に着けてきた方なら
きっと「年代記」にも新しいシンクロを見出していただけることと信じる。
見終わったときの感動の深さはきっと言葉にできないはずだ。

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過去の関連記事:
映像と音のシンクロに関する小覚書 2/2

目次 - 特集記事2

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